定期報告の費用・報酬の考え方

定期報告の通知が所有者・管理者のもとに届き、いざ調査・検査報告を実施しようと思った場合、まずは依頼先を探さなければなりません。当初設計した建築士や工務店、管理している管理会社、さらにはネット検索など、色々な方法があると思います。そして実際に見積りをとって、内容を確認し最終的に依頼先を選定します。

ここで難しいのが費用・報酬の妥当性をどう判断するかです。実際のところ建物や調査者・検査者によって大きな幅があるのが現状です。
以前は、役所によって基準となる報酬額表を作成しているところもみられましたが、現在はありません。民間の契約に対して、行政側が費用の基準を決めてしまうことによる諸問題に加え、千差万別な建物を一定の基準(延床面積など)で決めてしまうことに無理があったのではないかと想像します。

とはいえ、依頼者側に何も費用に関する判断材料や、情報がないというのはよくありません。現在、ネット検索で出てくる定期報告業務を行っている会社では、料金表を掲載しているところも多く見られるようになりました。傾向として、延べ床面積をベースにしているものが多くなっています。また業界最安値を謳ったり、一律価格(いわゆるポッキリ価格)を謳ったり、アフターフォローなどのプラスアルファを謳うものまで、ここ数年で少しずつこの業界でも特色が出てきました。

ただそれでもこの業務は、同一スペックの電化製品を各量販店で比較して買う場合などと違い、それぞれ異なる建物を、それぞれの資格者である「人」が実際に動いてチェックするサービス業といえます。同じ質で、かかる時間や労力も同じという風にはいきません。その為、費用はそれぞれの専門家(資格者やその会社)の定期報告業務に対する意識や、調査結果に対する責任の考え方などに大きく影響を受けています。

実際の費用算出はどのようなものなのか?

定期報告業務の費用の算出方法としてよく使われる標準式は以下のようになります。

◯調査・検査費用 = 直接人件費+直接経費+間接経費+技術料等経費+特別経費

直接人件費
・・・調査・検査者の人件費。日当単価×何人で何日かかるか。
直接経費
・・・交通費、事務費、コピー代など
間接経費
・・・会社や事務所を運営する上でかかる費用の内、定期報告業務に関して必要となる分。
技術料等経費
・・・その業務における技術力、企画力、情報の蓄積等、その会社が過去培ってきた技術全般の償却費といったところでしょうか。正直、定期報告においては具体的によくわからない費用かもしれません。
特別経費
・・・標準の業務遂行とは別に、物件の個別の状況などによって発生する経費。遠方のための旅費・宿泊費や、必要図面の不足による測量や図面作成等考えられます。図面作成などは別途見積りとする場合もあります。


上記のような算出方法は、建築設計業務の算出でも出てくるように、建築関係の業務における費用算出の一般的な考え方です。
原価があり、決まった製品を販売する場合とは異なり、建築士などの専門資格、技術や経験を必要とする専門家が実際に作業するため、費用の大半が「人件費」となります。そのため、「人」や「会社」によって基準となる日当単価に開きがあります。また、個人の場合と会社組織の場合とでは、間接経費に大きな差が出ます。

「交通費」ひとつとっても、相見積りを取れば何倍も差が出ることがあります。同じ物件でなぜそんなに差があるんだと思われがちですが、実際の業務内容によっては大きく差が出てきます。まず、現地までは電車なのか車なのか、何人で何日かかかるのか、それから依頼先との打合せのための訪問回数や、役所への資料閲覧、後日の役所からの問い合わせに対する書類の差し替えなど、が想定されます。
ここでも各資格者の取り組む姿勢や、各特定行政庁の対応、それから所有者・管理者側でどの程度の資料が揃っているかなど、個別の要素が絡んできます。
この定期報告業務はそういった面からも、費用にどうしてもばらつきが出てきてしまうのです。

どのような依頼先があるのか?

では実際に、どのような依頼先の選択肢があるのでしょうか。
今までの内容を踏まえた上で、定期調査・検査業務を依頼する際に、どういった基準で依頼先を選定すればいいのか悩むところですが、発注者側としてどのような調査・検査の質を求めるかによって、依頼先が変わってくることになります。また、依頼先の業態や会社の規模、資格者の年代なども考慮しておきたい要素と言えそうです。

※注意 
以下は、絶対的な内容ではありません。大きく各事業者により業務内容、個人差、費用に開きがありますことを前提に、あくまで一般的な傾向として参考にして下さい。

■建築設計事務所(1級建築士、2級建築士)

・一般的に1日の単価は高めだが、比較的良心的なところも多い。
・建築法規について詳しい為、法的な判断をきっちりしてくれる。
・その後の改修や増改築についてのアドバイスや、確認申請等の相談に乗ってもらえる。
ただし、建築士なら誰でも定期報告業務を積極的に受けてくれるわけではない。
例えば木造戸建て住宅の設計をメインにしている事務所などは、規模の大きな鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物に対して得意不得意があるので、事務所の特色を見極める必要がある。
・一般的な設計者は、比較的設備そのものの操作や点検は不慣れ。外注で設備業者を連れてくる場合も多く、その分割高となる。
建物を設計した建築士に依頼するのもひとつ。ただし、実務として定期報告業務をあまりやっていない方も多く、不慣れな場合もある。また、自身の設計の不備等に関わることは、報告書に記載されない可能性も否定できない。

■設備業者

・一日の単価は、比較的安い傾向。(会社の規模や資格者の有無にもよる。)
・建築士資格ではなく、講習修了資格者(※)が多い。
・建築法規はそれほど詳しくない傾向。空調や電気関係のメンテナンスをしているため、設備の具体的な内容や操作に詳しい。

■消防点検事業者

・建築設備検査、防火設備検査では、消防設備と絡むところがあり、その点安心。
・消防点検と合わせて依頼できる為、費用の交渉の余地があるかも。
・建築士資格ではなく、講習修了資格者(※)が多い。
・建築法規はそれほど詳しくない傾向。
・消防関係が専門の為、建築基準法や建築的判断が必要な調査・検査項目は、その個人の経験や知識による差が大きい。

その他

■定期報告を主な業務にしている建築士

・個人、小規模事業者で、ゼネコン出身等のベテランが多い。
・一級建築士であっても、個人事業主や引退後の独立組が多いので、単価は安い傾向。
・専門にやっているので、数をこなしており定期報告業務に慣れている。
・ただし、年齢層は高め。

■ゼネコン

・通常は一見で直接請け負うことは稀。別件の工事等で何らかの関係がある場合がほとんど。
・タダ同然でやってくれることもある。ただし、新築案件や改修案件が前提と考える。
・会社の規模が大きいので安心感がある。
・実際の作業は、下請け会社の建築士等に任せることが多い。

■不動産管理会社

・外部の建築士等に外注することがほとんど。管理会社の経費分が上乗せされることが多いが、乗せない会社もある。
・マンションやビル管理における法定点検を取り仕切ってくれるので、報告漏れがなく、面倒な作業からも開放されるので、煩わしくない。信頼できる管理会社なら任せてしまった方が、個別に業者と交渉するより楽。
・ただし、管理上不都合な調査結果や指摘事項が上がってこない可能性を否定できない。

費用の妥当性を判断する上で関係する要素

■人数

定期調査や定期検査では、様々な項目をチェックしていきますが、作業が一人ではやり辛いことが多々あります。また、屋上や塔屋などへも上がりますので、安全面からも1人での作業は好ましくない場合もあります。資格者は1人であっても補助者をつけて建物を回るなど、複数人で行うところのほうが安心です。
費用を抑えたい場合は1人で調査を実施しているところもありますし、無駄に人数が多くても費用がかさみますので、そのあたりは建物規模や調査・検査内容とのバランスでしょう。

■報告書類

報告書類、添付図面の綺麗さや見やすさ、控え書類のまとめ方やファイリングの有無、報告内容の説明が丁寧か、などの要素は、その個人や会社のセンスや姿勢によるものなので、一概にわかりません。見積りの際など、打ち合わせの機会があれば、過去の報告書サンプルを見せてもらうといいでしょう。

■資料収集等

資格者や会社が、その物件について定期報告を初めて実施する場合、最初に様々な資料を集める必要があります。現状の図面はもちろん、確認申請書類や検査済証などがないと正確な報告書類を作成できません。建築関係資料がきっちり残っている物件もあれば、所有者が何度か替わり図面さえない物件もあります。こういった場合に、どこまで報告書類に時間をかけるか、その資格者や会社のスタンスにかかってきます。今ある資料で分かる範囲で提出すればいいという考えもあるでしょうし、調べられることは役所で「建築計画概要書」や「定期報告の概要書」を閲覧し、きちんと調べようというところもあります。また改修図面がない場合に、図面の修正をしてくれる場合もあれば、何度かFAXやコピーを繰り返したような不鮮明な図面をそのまま添付している場合もあったりと、対応はバラバラです。


中立性を求めるのであれば、利害関係のない第三者の資格者に依頼する方がよいでしょうし、何と言っても「安いに越したことはない」というのもアリでしょう。コンプライアンスがうるさく言われるようになった昨今、建築的な要素をしっかり見てほしいと思うなら、定期報告業務に慣れた建築士に依頼するのがベストです。

費用がある程度妥当と分かれば、あとは調査・検査結果の内容がきちんと報告書に反映され、またその他の要素でも親切・丁寧に仕事をしてもらえるところが見つかれば、安心して翌年以降も継続して依頼できるでしょう。

用語

(※)講習修了資格者とは・・・
特定建築物調査員、建築設備検査員、防火設備検査員のこと。
それぞれの定期報告の種類に応じて、各講習修了資格がある。
ちなみにエレベーターやエスカレーターの定期検査については、昇降機等検査員という。
※エレベーターやエスカレーターの定期検査は、専門のメンテナンス会社が実施することがほとんどである為、本記事の内容からは割愛させております。

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